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やまはの雑ブログ

ファンタジーor純文学系小説を書きたいと思っている泡沫です。読んだ本、ゲーム等の感想や日々思ったことなど

スーパーの走る店員さん

ある日の出来事。

 

スーパーに行って、あらかた必要なものをかごに入れ終わり、

レジに行った。すると、トマトのパックにラベルが付いていない。

「いくらかご存じないですか?」とレジの店員(A)に聞くと、知らないというので、

もう一人のおそらく品出しをしていた店員(B)に、トマトの売られている現場にある同一商品のラベルを見に行ってもらうことにした。

 

しかし、その店員Bさんは走って確認をしにいって、帰るときも走って僕らのもとにまで着た。ここで言う「走る」とはjoggingではなくてrunningである

なんだかひどく申し訳ない気持ちになった。

 

ここで数点ほど疑問が生じる。

①仮に僕や後続の客達を待たせているとしても、走るほどのことなのか?

彼個人の明確な落ち度でもないし、ましてや連帯責任という時代でもないだろう。

客を待たせるということを異常に忌避する心理自体、売り手と買い手の力関係の不均衡という不幸を象徴しているように思える。

ミスして客を待たせるなら、待たせればよいのではないか。それでその客がその店から離れるなら、従業員に余計な負荷をかけることに比べればしょうがないことに思えて仕方がない。

②もし走って転んで怪我をすれば、責任の所在はどうなるのか?労災事案として処理されるのか?

労災認定されなくてうやむやになるなら、店員にとってこれほど馬鹿らしいことはない。

③彼を走らせた原因は何なのか?

トップダウン式な上からの指示なのか? 各事業所にそのような、客の迷惑を絶対的に嫌うような無言の雰囲気が醸成されているのか? それとも、個人個人が無意識のうちに社会の持つ前述の雰囲気を心の中に秘めて仕事をしているのだろうか?

 

どっちみち、お客様は神様ですという論理自体の見直しが必要なのではないか、と考えさせられた。(この考え直しは何度も起こっているのだけれど、具体的な見直し方法はと言うと…難しいですね)